『まだ少し冷たい空の下で』

元同僚のサユリから届いた一通のメッセージ。そこには、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が添えられていた。
画面の中で発光するように眠る小さな命。
それを見た瞬間、おめでとうという言葉よりも先に、胃の奥が重くなるような、鈍い痛みが走った。

三十代も半ば。サユリは私より二つ年下で、要領よく仕事をこなし、先に結婚し、そして今、母になった。
かつて深夜まで一緒に資料を作り、「私たち、いつまでこんな生活続けるんだろうね」と笑い合ったはずの彼女は、いつの間にか別のステージへと軽やかに飛び去っていった。
私はといえば、相変わらずあの頃と変わらないデスクに座り、冷めたコーヒーをすすっている。

お祝いを贈らなきゃいけない。でも、何を贈っても今の私の「焦り」が透けて見えそうで、なかなか選べずにいた。
そんな時、ふと画集で目にしたのがヴィンセント・ファン・ゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』だった。

吸い込まれるような澄んだ青空を背景に、今まさに春を告げようと白い花をつけた枝が伸びている。
解説には、ゴッホが自分と同じ名を与えられた甥の誕生を祝って描いたものだとあった。
その青はあまりに潔く、花はあまりに無垢で、今の私の濁った心には少しだけ眩しすぎたけれど、なぜかその枝の「先駆けて咲く」強さが心に残った。

数日後、私はその絵の色彩に似た、淡いブルーのおくるみを持ってサユリの家を訪ねた。
招き入れられた部屋の奥、ベビーベッドの中で眠るその子の小さすぎる指先を見た瞬間、不思議なことが起きた。あれほど胸の中で渦巻いていた、嫉妬とも焦燥ともつかない感情が、不意に凪いだのだ。

「……おめでとう。サユリ、頑張ったんだね」

嘘偽りのない言葉が、自然に口からこぼれた。それはサユリを祝福すると同時に、意固地になっていた私自身を、そっと解いてあげるための言葉でもあった。

帰り道、冬の終わりの少し冷たい風を浴びながら歩く。

胸の奥のモヤモヤが、すべて消えたわけじゃない。けれど、あのアーモンドの木のように、厳しい寒さの中で誰よりも早く花を咲かせようとした彼女を、一度は正しく祝福できた。

とりあえず「おめでとう」と言えた今日の私を、あの一輪はどう見るだろう。

見上げた夜空の向こう側に、あの絵の背景にあった淡い青を、ひっそりと探している自分がいた。



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※本解説は、作品を味わうための一つの見方として構成したものです。 見る方それぞれの経験や感性によって、異なる春の表情が立ち上がることを、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
※画面で見ている色と、実際にプリントした色は、どうしても少し違って見えることがあります。これは、モニターの表示方法やプリント用紙・インクの違いによるものです。その点をご理解のうえ、お楽しみいただければ幸いです。

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