『木漏れ日・ひとり』
新規事業の立ち上げ。響きはいいが、現実は泥臭い調整の連続だ。三十代、脂の乗った時期だと自負していたし、自分がチームを力強く牽引しているつもりだった。
けれど、歯車が噛み合わない。
特に気になるのは、チームの中心である健二と美咲の様子だった。このところ、どうもよそよそしい。会議でも目を合わせず、必要なこと以外は口を利かない。
「最近、あの二人の仲がおかしくないか。チームに亀裂が入るのはまずい」
私は、もうすぐ定年を迎える「ヒゲさん」に相談した。現場を長く知る彼なら、何か良い解決策をくれると思ったのだ。
しかし、ヒゲさんは窓の外を眺めたまま「しっかりやれ」と短く言っただけだった。期待外れだった。やはり、最後は自分がすべてを背負って、強引にでも引っ張っていくしかないのだと、私は肩をこわばらせた。
数日後。仕事を切り上げようとした私を、健二と美咲が呼び止めた。
「……リーダー、今日の帰り、少しだけ時間いいですか?」
駅裏にある賑やかなビヤホールだった。そこにはチーム全員が集まっていた。
「最近、リーダーが全然笑わないから。みんなで元気づけようって、こっそり計画してたんです。あの二人、打ち合わせで隠し事してるみたいで怪しかったでしょう?」
仲間のひとりが笑って言った。
不意を突かれ、胸が熱くなった。
私は、彼らを「信じて任せている」と口では言っていた。けれど、その実、心の底では彼らを自分の手駒のようにしか見ていなかったのかもしれない。彼らが自ら考え、私を支えようとしてくれていることに、これっぽっちも気づかなかった。
リーダーの仕事とは、先頭に立って力ずくで引っ張ることではなく、誰もが自分らしく動ける「場」を作ることだったのではないか。
翌日からの仕事は、驚くほどスムーズに回り始めた。
誰かが淀めば、誰かが自然とフォローに入る。個々の判断が、重なり合って一つの大きなうねりを作る。
それはまるで、複雑なステップを完璧に踏みこなす、ダンスのようだった。
ヒゲさんが定年退職して数週間後、私のもとに一通の絵葉書が届いた。
木漏れ日が人々の背中で踊り、無数の笑い声が画面から溢れ出してくるような、賑やかな舞踏会の絵。
裏を返すと、太いマジックで一言だけ添えられていた。
『楽しくやってるか!』
そうか。あの日、ヒゲさんはこの「調和」を信じて、私を見守ってくれていただけだったんだ。
【印象派をめぐる十の絵、十の物語:第四話】

※本解説は、作品を味わうための一つの見方として構成したものです。 見る方それぞれの経験や感性によって、異なる春の表情が立ち上がることを、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
※画面で見ている色と、実際にプリントした色は、どうしても少し違って見えることがあります。これは、モニターの表示方法やプリント用紙・インクの違いによるものです。その点をご理解のうえ、お楽しみいただければ幸いです。
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